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会社の経営状態を分析する際、「労働分配率」という言葉を耳にしたことがあるでしょうか。これは、会社が生み出した利益(価値)が、どれだけ従業員に還元されているかを示す重要な指標です。
労働分配率を正しく理解することで、自社の人件費が適正な水準にあるか、利益と従業員への還元のバランスは取れているかなどを客観的に把握できます。
この記事では、労働分配率の基本的な考え方から計算方法、業種別の目安、そして経営改善に役立つポイントまで、分かりやすく解説します。
労働分配率とは?
労働分配率とは、会社が生み出した付加価値(儲け)のうち、人件費が占める割合のことです。この率を見ることで、利益が従業員(労働者)へ適切に分配されているかどうかのバランスを確認できます。
例えば、労働分配率が60%の会社は、生み出した価値100円のうち60円を人件費として支払っている、ということになります。
労働分配率は適正な水準に保つことが大切で、高すぎても低すぎてもよくありません。
給与が高くて労働分配率が高ければ従業員の士気は上がりますが、人件費が増えると企業経営の足かせになる場合があり、設備投資に十分な資金を割けなくなる可能性があります。
労働分配率の計算方法
労働分配率は、以下の計算式で算出します。
労働分配率(%) = 人件費 ÷ 付加価値 × 100
計算するには、「人件費」と「付加価値」がそれぞれ何を指すのかを正しく理解する必要があります。
人件費に含まれるもの
人件費には、単なる給与だけでなく、従業員に関連するさまざまな費用が含まれます。
- 給料・賃金
- 賞与(ボーナス)
- 役員報酬
- 各種手当(残業手当、通勤手当など)
- 退職金
- 法定福利費(健康保険、厚生年金保険、労働保険などの会社負担分)
- 福利厚生費(慶弔見舞金、社宅費用など)
付加価値とは?
付加価値とは、企業が事業活動を通じて新たに生み出した価値のことです。簡単に言えば、売上から外部への支払いを差し引いた「会社の儲け」の部分です。
付加価値の計算方法にはいくつか種類がありますが、ここでは中小企業でよく用いられる分かりやすい計算式(中小企業庁方式とも呼ばれる控除法)をご紹介します。
付加価値 = 売上高 - 外部購入費用
外部購入費用には、商品の仕入代金や、製造にかかる材料費、外注加工費、運送費などが含まれます。
また、決算書の数字を使って、より簡単に計算する方法もあります。
付加価値 = 営業利益 + 人件費 + 減価償却費
この式を使えば、損益計算書から数値を拾って簡単に付加価値を計算できます。
労働分配率の目安
労働分配率に絶対的な「正解」はありませんが、自社の状況を客観的に判断するために、一般的な目安を知っておくことは重要です。
企業規模別の目安
企業規模によって、労働分配率の平均値は異なります。一般的に、大企業よりも中小企業の方が高くなる傾向にあります。
- 大企業(資本金10億円以上): 約50%〜60%
- 中小企業: 約70%〜80%
業種別の目安
労働分配率は業種による差が非常に大きいのが特徴です。
業種 | 労働分配率の目安 | 特徴 |
飲食・サービス業 | 75%前後 | 人によるサービス提供が中心のため、人件費の割合が高くなる傾向。 |
建設業 | 70%前後 | 現場作業員など多くの労働力を必要とするため、高めになる。 |
IT・情報通信業 | 55%前後 | 技術者など専門人材の人件費が主だが、設備投資も必要なため中程度。 |
製造業 | 65%前後 | 大規模な設備投資が必要なため、人件費の割合は比較的低くなる傾向。 |
卸売・小売業 | 70%前後 | 店舗スタッフなど多くの人員が必要な一方、仕入費用も大きいため幅がある。 |
労働分配率から何がわかるか?
算出した労働分配率が目安と比べて高い、または低い場合、それぞれにメリット・デメリットや注意点があります。
労働分配率が高い場合
従業員への還元が手厚いと言えますが、その分、会社の利益が圧迫されている可能性があります。
- メリット・良い点
- 従業員の満足度やモチベーションが向上しやすい。
- 人材が定着しやすく、離職率の低下が期待できる。
- デメリット・注意点
- 利益が減少し、経営を圧迫する。
- 設備投資や研究開発、人材育成に回す資金が不足し、将来の成長性が損なわれる恐れがある。
- 労働分配率が100%を超えている場合、赤字経営の状態であり、事業の存続が危ういレベルと言えます。
労働分配率が低い場合
会社の利益は確保しやすいですが、従業員への還元が不十分である可能性があります。
- メリット・良い点
- 会社の利益を確保しやすい。
- 内部留保を増やし、設備投資などの再投資に資金を回しやすい。
- デメリット・注意点
- 従業員のモチベーションが低下し、生産性が悪化する恐れがある。
- 給与水準に不満を持つ優秀な人材が流出したり、新たな人材の採用が困難になったりするリスクがある。
- 人手不足により、従業員一人当たりの負担が過剰になっている可能性がある。
労働分配率を適正に保つための改善策
労働分配率のバランスが悪いと感じた場合、それを改善するには「人件費を下げる」か「付加価値を上げる」かの2つのアプローチが考えられます。
安易に人件費をカットすることは、従業員の士気を下げ、長期的に見て生産性を悪化させる危険があるため慎重になるべきです。したがって、まず取り組むべきは付加価値を高めることです。
1. 付加価値を高める(分母を大きくする)
これが最も健全で本質的な改善策です。
- 生産性の向上: ITツールの導入や業務プロセスの見直しによって業務を効率化し、少ない人数や時間でより多くの価値を生み出せるようにする。
- 販売価格の見直し: 提供している商品やサービスの価値を正しく評価し、適正な価格設定に見直す。安易な値引き競争から脱却する。
- 高付加価値な商品・サービスの開発: 顧客のニーズに応える新しい商品やサービスを開発し、売上そのものを向上させる。
コスト削減: 材料の仕入先を見直したり、外注費を削減したりして、売上から差し引かれる変動費を抑える。
2. 人件費を見直す(分子を小さくする)
付加価値向上の取り組みと並行して、人件費のあり方を見直すことも有効です。
- 人員配置の最適化: 従業員のスキルや適性を見極め、最も生産性が高まる部署や業務に配置する。
- 給与体系の見直し: 年功序列型から、成果や貢献度に応じた給与体系に移行することで、従業員のモチベーション向上と人件費の適正化を両立させる。
- 業務のアウトソーシング: 一部の業務を外部に委託することで、固定費である人件費を変動費化し、経営の柔軟性を高める。
まとめ
労働分配率は、会社の利益と従業員への還元のバランスを示す「健康診断」のような指標です。
この数値が高いか低いかだけで一喜一憂するのではなく、
- 自社の業種や規模の平均値と比較する
- 過去の自社の数値と比較して、どのように推移しているかを確認する
- なぜその数値になっているのか、背景を分析する
という視点が非常に重要です。
労働分配率を正しく活用し、従業員が意欲的に働ける環境を整えながら、会社も持続的に成長できるような、健全な経営を目指しましょう。